「自分史上今が一番醜い。」をモチベーションにする

「美しさ」と「若さ」はとても近くに存在しています。そして、人は時間と共に必ず年をとります。「若さ」は時間と共に失われ、その近くに有る「美しさ」も失われていきます。自身の一番若くない時点は「今」なので、若さと比例して「美しさ」が失われる。今が一番美しくない、言い換えると今が一番醜くなってしまいます。

中年のおっさんが冒頭から「美しさ」とか言い出すと、どうしたどうした感が出てきますが・・・「アンチエイジング」とご認識ください。

「美しさ」と「若さ」は近くにありますが、同一ではありません。若さを取り戻す事を不可能ですが、美しさは努力によって保てます。

そうなると「今が一番醜い。」とは努力をしていない結果になります。「努力をしていないから醜い。」と考えるのか、「若くなくなったからしょうがない。」と考えるのか、どちらかが自分を納得させる上での考え方になります。

「しょうがない。」を理由にしだすと、あらゆる事を諦めだしてしまいます。何かを手放すにしても意思を持って手放すのではなく、「何々だから、しょうがない。」からと手放してしまう考え方の癖みたいなものが身についてしまいます。

そこまで思考が及ぶと、そんな自分で良いんだっけと我が身を振り返りだします。考え抜いた上で手放すという決断をしたのではなく、漫然としょうがないと唱えながら失っていく、それで良いんだっけと。

そう考えだすと、流れる時間の中で失われていくものをこの手に取り戻したくなってきます。そのために体を鍛えたり、知識を得たりと努力をしだします。そこに費やした時間は、自身の体や言動に反映されます。逆もまた然りで努力をしていない体や頭脳は他者からも明らかです。

という事で年を取ったは使いやすい言い訳ですが、諦めにもつながるので気をつけましょうというお話でした。

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