運動する事とは脳に血液を送り込む事

40歳を目前にして、今年から運動量がとてつもなく増えています。平日はジムに通い、週末は山を登り、子どもと共にサッカーをしたり。

不思議なもので運動オンチの運動嫌いなのがセルフイメージだったのですが、体を動かしだすとほのかな恥ずかしさと共に運動する事が好きになっていました20代から30代を通じて、ピクリとも運動しなかったので自分の変化に驚いております。

運動する中での気づきが有りました。それは「メンタルの健康に良い作用をする。」という事です。

これから先は完全なわたくしの「イメージ」で何か根拠が有る話ではない事をご了承ください。単なる「イメージ」ではありますが、心身を保つためにはこの「イメージ」というものがとても大事であると個人的には考えています。

メンタルが不調になってくると脳内の血流が滞り、血管が目詰まりするような感覚になります。血管が詰まると脳内での様々な役割を持つ、部位のお互いの交流が滞り、停滞し、発想がネガティブになってきて改善せず行ったり来たりの思考回路になります。

運動(入浴も良いと思います)をすると、血行が良くなり先ほどの詰まった血管に血を勢いよく通わせ、思考回路の交流が再開されます。そうして、行き場を無くしていたネガティブな感情が様々な思考回路を経て薄れていき、ポジティブに変化していきます。

ネガティブな事を考えだすと止まらなくなったりするのは、そこに思考が停滞しているからです。それらを血流に乗せて巡らせればネガティブな感情は薄れていきます。

いかがでしょうか。繰り返しになりますが、根拠は全くなくあくまで自分の経験からのイメージになります。運動する気すら起こらないほどに疲れている場合は休息をとるべきだとは思いますが、「少し疲れたなぁ。」「なんかネガティブ気味だなぁ。」という時には運動をおすすめします!

結婚は尊い

結婚に対してネガティブな事を発信している方も多々おりますが、わたくしは結婚肯定派です。できるならすぐにでもした方が良いと考えております。勿論、ちゃんと働いているor資産を持っている事は前提ですが・・・。

結婚するという事は配偶者と長い年月を過ごすという事になります。この事実を好ましいととらえるかどうかで賛成/反対派が分かれます。

わたくしはとても素晴らしい事だと思います。「100人と浅く付き合うより、1人と深く付き合う方が人間に対しての考察が深まる。」と考えているからです。

「この人はどう考えているのだろうか。」「なぜこんな行動をするのだろうか。」というのは人の表面をとらえるだけでは中々本質にはたどり着けません。長く時間を共に過ごす事で少しずつ理解が深まってきます。

それを経て周りを見渡すとそれほど親しく無い人でも何を思って行動しているのかの推察力が向上します。

つまり、人間について深く長く考察するのは結婚するしかないと思う訳であります。

我が家にお風呂掃除の洗剤が無い理由

我が家に「お風呂用洗剤」がありません。お風呂が無い訳ではございません。お風呂の掃除には普通の固形石鹸を使っています。

お風呂の中に入るのはネコを洗ったりもするでしょうが基本的には人間です。で有れば、人間の体を洗っている石鹸で十分キレイになるでしょう。

つまり何を言いたいのかといいますと、この世は経済で回っており、経済とは言い換えるとその実は商い≒商売です。大多数の大人達は商品を売るために日々頭を使っています。商品を買う人は必要であると考えるので、その商品を購入します。つまり必要性を感じてもらうという事が売るための一つの方法です。

話を「お風呂用洗剤」戻します。「お風呂用洗剤」というネーミングだとお風呂以外を洗うのにためらいが生じます。「お風呂用洗剤」で食器を洗っても、トイレを洗っても、トイレを洗っても良いのですが多くの人は抵抗感を感じると思います。

ここに「お風呂用洗剤」はあくまで「お風呂を洗うものである」という固定観念が生じている事が分かります。

という事で我が家に「お風呂用洗剤」が無い理由は、「周りの情報に流されず、自分の頭で判断し選択した」からです。そして、お風呂を洗うたびにその気持ちを再確認できるのです。

他者から見ると超ド級のどうでも良い事ではあるのですが「自分の頭で考えた結果」として自分の中では大事にしていきたいと思います。

ちなみに経済効果はほとんどありませんw

言葉に重みをつけるためには

仕事を行う上で、自身の発言力が強くなければいけません。何故ならば「自身の発言力の強さ」と「仕事のコントロール力」は強いつながりを持つからです。自分で仕事の質・量をコントロールできなければ、ストレスにさらされ自分がすり減るばかりです。発言力をしっかり持ち、自分のコンディションを保つためにコントロールしていきましょう。

発言力を強めるためには、価値ある言葉を発信していかなければなりません。その結果、周囲から「言葉の重み」が有る人と認知され、発言力が強まります。

あなたの周囲に「言葉の重みがある」と感じれる人は周囲にいますか?ありがたい事にわたくしの周りにはチラホラといらっしゃいます。わたくしに限らず、周囲からも一目置かれる存在であったりして、その方が口にする言葉には皆が耳を傾けるようになります。

一方で「言葉の重みが無い」人もまた多数いらっしゃいます。発言力を得るために、その両者の差は何が起因するのかを考察します。

「重み」とは「深さ」とも言えます。何が「深い」のかは言葉なのですが、言葉の前には「想い」「考え方」を起点に「リスク」「メリット」などが付帯しています。この時点でも「深さ」は有る気がしますが、言葉に力を与えるためには更に「深さ」が必要です。

さらなる「深さ」を得るにはどうするか?人間の意思決定は行動の多くは無意識に行われていると言います。その無意識まで含めて言葉を発せれれば更なる深い言葉となります。

では無意識に到達するまでにはどうすれば良いかという事になるのですが、ここに近道はなく、考えることを繰り返すつまり多くの時間を割いて思索する以外にありません。考えて考えて考え抜けばいつしか、自分の血肉となり適切で迅速な意思決定ができるようになり、その結果が周囲につたわりあなたの言葉が影響力を増していきます。

つまり、思索する時間を確保する事がまずやる事になります。スマフォをいじったり、テレビを見るのを少し止めて考え事をする時間を作りましょう。

思索に費やす時間の尊さは、下記の本から学びました。

終電まで残業してしまい反省しています。

久しぶりに終電まで残業してしまいました。一晩明けても寝不足もあり脳の動きが鈍っている感覚があります。疲労も残り、朝起きた時点でエナジー不足を感じます。これが続くと心身が弱るんだろうなと実感します。

日々のルーチンにも影響を与えかねません。すなわち、これまでコツコツ積み重ねてきたものが崩れ落ちかねません。人生の第一義は残業ではありません。優先度を見直し、軸を自分に寄せなおす必要があります。

本当に無計画な残業はよくありませんね・・・。色々と立て直さないといけなくなります。

睡眠と休息を優先しますので、今日はこれまで・・・。

禁煙する時の心構え

下記のニュースを見て、禁煙成功者!として思う所があったので記事を書きます。

禁煙外来に行ってみたらこうだった / タバコを絶対にやめると決意してから1週間の全記録

詳細はリンク先をご参照いただきたいのですが、話の大枠としては禁煙外来に行き、流れや書類・器具・お薬を紹介している内容です。

本文の末尾に下記の記載があるのですが、決意の弱さが数字に表れています。一番よくないのが、0本になってからまた吸っている所です。こんな事をするなら吸い続けた方が精神的には健全でしょう。ニコチンの離脱症状を繰り返すとそのイメージ(辛さ)が体に刷り込まれてしまい、禁煙に二の足を踏むことになります。

10月31日(水)吸った本数:2本
11月1日(木)吸った本数:23本
11月2日(金)吸った本数:18本
11月3日(土)吸った本数:12本
11月4日(日)吸った本数:0本
11月5日(月)吸った本数:0本
11月6日(火)吸った本数:0本
11月7日(水)吸った本数:9本
11月8日(木)吸った本数:8本

「仕事が忙しいので今じゃない。」「家に忘れてしまった。」などなどの理由をつけて先延ばしにしています。強烈な動機もなく、ただただ自分のライフスタイルから引き算しようとしています。つまり、無理をしています。

無理は続きません。わたくしの場合は、仕事のパフォーマンス低下や体重増加を諦め禁煙を人生の第一の優先度とおいて、色々な事を諦めました。そして「これで変われなければ一生変われない。」という強い決意をもって取り組みました。

わたくしの周囲には楽に禁煙できたと言う方も多いのですが、わたくしの場合はそれはそれは辛く苦難に満ちた道のりでした。言い訳をして、タバコに手が伸びそうな事も数え切れずありましたが、人生で一番大事な事がタバコを止める事!と思い出し踏みとどまりました。

タバコに含有される有害物質を知ったり、ガンの発症率を知る事も良いのですが、強い決意が無いと「うちのじいさんは90才までタバコを吸っていた。」とか都合の良い事実を引き合いにだして自分の中で言い訳をはじめてしまいます。

他者に頼らず、自分自身の体や精神に耳を傾け禁煙する決意を有しているか確認してから取り組みましょう。決意が無ければ、何故禁煙したいのかの自問を繰り返しましょう。いたずらに短期的かつ断続的な禁煙はやめましょう。

あくまで自分自身の内なる決意が伴ってからはじめましょう。他者の声に耳を貸す必要はありません。極端な物言いですが、禁煙外来のお客さまは喫煙者以外いないのです。自分を軸におきましょう。

サラリーマンに疲れたら、まずは休む事

「サラリーマンに疲れた。」という言葉を見聞きする事がよくあります。わたくしも同じような感覚に襲われた事が多々ありますので、お気持ちは激痛が走るほど、つまり痛いほどよく分かります。

サラリーマン疲れがピークに達すると、その状況から逃れたいと防衛本能が働きだし、行動に移しだします。そこでの行動は追い詰められて、判断力がにぶっている事もあり、悪手になってしまう場合が多いです。

最悪手は「脱サラして独立。」です。次は「転職」です。わたくしも追い詰められた際には、転職を決断し状況を変えました。経済的にも労働環境的にも改善したので、結果オーライではありますが、運が良かっただけで熟慮の上の決断というよりはその状況から逃れたいだけだった感は多いにあります。本当にタマタマなだけで失敗する確率の方が高かったと思います。

脱サラをおすすめしないのは、時間がかかるからです。(実家の稼業を継ぐ場合は短期に実現できそうですが、ここではゼロからの独立を想定しています。)追い詰められている状態という事は、サラリーマン業務に多くの時間を裂かれているのでしょうからその合間を縫って、マーケティングをし、創業計画を作成し、融資先を回り・・・といった過酷な状況に拍車をかけていかなければなりません。

「じゃあ、どうしたら良いのよ。」という事ですが、それは「休む事」です。たまった有給をゼロになるまで休みましょう、その後でも疲れたいたら休職しましょう。冒頭の「サラリーマンに疲れた。」という言葉は「サラリーマン業務に疲れた。」という事ですので、サラリーマン業務をお休みしましょうという事です。

自分で自分を追い詰めている事はよくあります。自分を守れるのは自分だけですが、「助けてほしい。」というメッセージを家族や同僚に発すれば暖かく支援してくれる事も多々あります。メンタル面の不調は周囲からは気付きづらいので、自分の不調には自分で気付きメッセージは発するしかないのです。自分は自分しか守れないというのは周りが悪意を持っているという意味ではなく、周りからは気づけないという単なる事実ですので、それを踏まえた上でメッセージを発しましょうという事です。

休んで休んで休みまくれば、心身の変化を感じるはずです。次のアクションはそれから考えましょう。自身の体験を通してですが、「明けない夜はない。」というのを強く実感しました。先が見えない中、休むというのは不安な面がありますが、その先には必ず「あの頃」より強く大きくなった自分が返ってきますので、心待ちにしてしっかり休みをとりましょう!!

ブログ記事を無計画に書き溜めない

ブログの記事投稿をはじめて、やっとこさ20日を経過しました。たった20日間ではありますが、色々な心の動きが有りました。

一番大きいのはやはり「めんどうくさい。」という心です。

朝起床してから、出勤するまでの時間で記事投稿をしているのですが、前日遅くまで残業していたり、飲み会だったりすると寝床から出るだけなのに、人生の一大事かのような決心を要します。

「毎日一記事。」は自分で自分に課したルールですが、そのルールを何やかんやと理由をつけて破りたくなります。しかしそれは自分を裏切る事になり「今回もダメな自分のままだった。」と後悔する事になるでしょう。

そんな自分の中で行ったり来たりを繰り返している中で、更に訳の分からない発想が出てきました。「そうだ!土日にを書き溜めておいて、数的に一日一記事にしよう。」という発想です。

そもそも書かないのと比較すると、数億光年先のハルカニマシ星雲に辿り着くくらい、遥かにマシだとは思いますが、どうも本質的では無いと感じるのです。

別にぼくは「休日の過ごし方」を変えたいのではなく「生き方」変えたいと思っています。そのために漫然と流れていた日々を自分の手に取り戻し、己を高めるルーチンを堅牢なものにし、コツコツ成長していきたいと思い立ちブログをはじめました。

という事で休日に記事を書き貯めるような事はせずに、毎朝すくない時間の中で、コツコツと成長を続けたいと思います。

記事の分類をしない訳(2018月11月時点で)

2018年11月現在、当ブログの記事は全く分類していません。正しくは全ての記事が「未分類」という分類になっている状態です。

決して分類するのを忘れてた!恥ずかしいわ。という訳ではございません。明確な意図が有っての事です。

では何の意図があって「未分類」にしているかという所をお話します。

今現在、このブログではテーマを定めず思いつくままに記事を書いています。思いつくままの記事を書き、蓄積する事により、深層心理・本当にやりたい事があぶり出てくるのでは無いかという思いからそのようにしています。

「思いつくままを書き続ける事により、自分でも気づかない自分に気づく」という事を行っているので、そこに「分類」の縛りが入ると「思いつくまま」ではなくなってしまいますので、「未分類」にしています。

方向性が見えてきたら振り返りも兼ねて、分類分けをしようかと思いますが、当面は「未分類」でいきたいと思います。

技術よりも仕事で大事な事

大きな会社でサラリーマンをしていると、様々なタイプの人と接する事になります。仕事に対するのあり方、業務のやり方は千差万別なので、初めてご一緒する場合はどういうタイプなのかを推し量る所から入ります。

一緒の仕事を進めていく中で、今後も仕事をしたい人、したくない人という感情はどうしても出てきてしまいます。

ではこの後も「仕事をしたい/したくない」の判断軸はどういった所に有るのか考察してみます。

「したくない」に分類される人から頭に浮かぶベスト3は

  1. 約束(期日)を守らない
  2. 攻撃的
  3. 受動的

といった所です。つまり「今後も仕事したい人」とは単に「したくない」の裏返しです。

  1. 約束(期日)を守る
  2. 寛容で紳士的
  3. 主体的

抽象的になってしまいましたが、こうやって考えると「技術がある」とか「プレゼンがうまい」とか「人脈がある」とかは、さほど重要な事では無いという事です。

確かに技術が無いなら無いなりの計画を作ればよく、人脈は必要に応じて助けてくれる人を探せばよいだけでそこにストレスはありません。

昨今では様々な企業で外部から経営者を招聘する例も多くありますが、そこで求められている事も具体的なスキルセットというよりはもっと根底的な人間力ではないでしょうか。関係者や現場から「仕事したくない人」に分類されてしまうと、大きな成果を出すことは難しくなりそうです。

かと言って技術が全くない人とは仕事はできませんので、つまるところバランスです。というと毒にも薬にもならない凡庸な結論になってしまいますので、技術よりも大事な事はあることはある!という事が言いたい事です。